DATE 2009. 1.31 NO .



「あーにーきぃーー」

 金属と金属のぶつかり合う音の響く中、間延びした声がカーレルを呼ぶ。

「兄貴ってばー」

 目の前のものから視線を外すわけにはいかない。
 それに、さっきからその声は同じ事を繰り返し続けているだけだ。

「さっさとやっちゃいなさいよー」

 何回目かの、催促。

「わたしもう眠いんですけどー」

「何日でも平気で徹夜するお前が言っても説得力ないぞ……っ!」

 思わず言い返してやったところで顔のすぐ近くを鈍い光が掠め、カーレルは慌てて飛び退いた。

 ハロルドはのめり込みだすと本当に止まらない。
 そんな妹も、最近はまだましな生活習慣を保っていたはずだ。
 そもそもハロルドの方から「これで訓練してみないか」と提案してきたはず。

「はーい、ディムロス経過ーー」

「……は?」

 唐突な宣言に、一瞬カーレルは対峙しているもの――ハロルドの造った機械から目を離してしまう。その機械は、そんな一瞬の隙も見逃さない。

「――くっ」

 そしてやたらと一撃が重い。

「今ので、ディムロスがこいつの動きを止めるまでにかかった時間を過ぎたって事よ」

「そうか……さすがはディムロス、だ!」

 渾身の力を込めて弾き返したものの、いつまでもこんな事をやっていては体力がもたない。

 武術は護身程度――なはずのハロルドだが、どこまで兄の力量を見定めているのだろう。
 そんな事を考えながら、カーレルは機械を見据える。

 イクティノスやシャルティエと剣を合わせた時の感覚よりも、明らかに重い。
 あまり前線に出ない自分の弱みは、力負けする事だ。

(その分は――考える事で補わなければならない)

「ほーら、早くしないとイクティノスも経過するわよーー」

 カーレルはもう一度剣を構え直す。
 日常的すぎてもう慣れたとはいうものの、やはり足場の悪い事には変わりない雪の影響などお構いなしに走り回る機械――機械だからこそ、避けられない弱点がある。
 さっきからそこを狙ってきたつもりだった。あともう……一箇所、か。

「もうすぐ終わらせてやるさ!」






 カーレルが大上段から剣を振り下ろした時、ハロルドは手元の時計に目を落とした。
 この時間を記録しておいて、またからかってやろう、と。

 ところが、少し離れたところから見守っていたハロルドには、カーレルの戦いぶりが全て見えていたわけではなくて。

 顔をあげたハロルドの視界に、一定の衝撃を与えると停止するはずだった機械が黒煙を立ちのぼらせているのが映った。

「あーーっ!!」

 カーレルはその様をただ見下ろしている。
 その横顔に一瞬、怪訝そうな表情が浮かんだ。

「バカ兄貴、離れなさいって!!」

「ハロルド? ……って、うわっ!!」



「あーぁ、やっちゃった」

 小規模といえども、爆発。
 間一髪で逃れる事が出来たものの。

「こんな予定じゃなかったのに」

 ハロルドは、カーレルが剣で与えうる衝撃の値を思い浮かべる。

(ここまで大破とか、ないないない。関節部に損傷でも与えていたのかしら)

 そういう事なら、また新しい計算が必要そうだ。

「なぁ、ハロルド」

「何よ、兄貴」

 爆発するとか聞いてないぞ、とでも小言を言うつもりだろうか。
 そう思って身構えたハロルドだったが、カーレルは違う言葉を紡いだ。

「爆発する前、何か合成音声が聞こえた気がしたんだが……」

「兄貴の気のせい気のせい。そんなプログラム組んでないから」

(おかしな表情してるかと思えば…!)

 幸い聞き取れはしなかったらしいものの、カーレルに予定と予測を尽く狂わされ、ハロルドはため息をつく。

「じゃ、記録も出来た事だし、これでおしまいね。おやす――」

 そう言って引き上げようとしたハロルドの行く手を、カーレルが遮った。

「――ちょっと待ちなさい。これを片づけてからだ」

「えーー、ここも一応駐屯地の敷地内なんだから、その内誰か来るわよ」

「自分で後始末をしなくてどうする」

「自分で……って、爆発させたの兄貴じゃない!」

「いいから、二人で片づけるぞ!」

「……はいはい」

 生真面目なカーレルに押されて、ハロルドもしぶしぶ片づけを始めた。
 そして無意識の内に、手元の時計にまた目を落とす。

 その様子をカーレルは見ていたらしい。

「今、何時だ?」

「んー、爆発前後で日付が変わったくらい」

「……」

 カーレルはハロルドの投げやりな返事に、呆れたように肩をすくめた。

(こういう計算はほぼぴったりだったってのに、兄貴ってば全く……)

 どういう言葉をかければ反応するかとか、カーレルはハロルドにとってわかりやすい性格をしている。
 本当は、まだ誰にもこの機械と戦わせてはいない。

 双子だから――なんて理屈は、あまり好きではなかったけれども。

「誕生日おめでとう、ハロルド」

 カーレルの突然の言葉に、ハロルドははっと我に返った。
 ぼんやりしていたなんて、情けない。
 そう思っている事を悟られないように、あくまで平静を装ってハロルドは口を開いた。

「何言ってんの、兄貴?」

 そうやって意識すれば兄といえども余裕で隠し通す自信が、ハロルドにはある。
 けれど、敵わないなと思う事も、あって。

「何って……時刻はよくわからなかったけど、とりあえず日付は変わっているんだろう?」

 厳しい戦いに身を投じてから何年経っても。

「じゃあ、おめでとうだ」

 カーレルは昔と同じように微笑む事が出来るのを、ハロルドは嫌というほど知っている。

「自分もなのに、バカみたい」

「それは私への祝いの言葉として受け取っておくよ」

「はぁ!?」



 結局、衛兵ではなくディムロスが飛んでくるまで、片づけではなく他愛無い応酬が繰り返されていた。
 そんなある、いつも通り雪の日の出来事。







≪あとがき≫
 web拍手御礼SS第8弾。まだまだ続くよ「誕生日」編。
 「春」は彼らにとって特別な象徴であると思うのです。